菜根譚前集1:一時の孤独を避けると、自分らしく生きられない

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「人間関係で傷つくのが怖い」「一人になるのが寂しい」「新しい環境になじめるか不安」──そんな気持ちを抱えたことはありませんか?

孤独は社会生活を営む人にとっては重大な問題として、語られがちです。

孤独は誰にとっても辛いものですが、それを恐れて行動を避けることで、かえって本当の孤独、自分らしく生きられなくなります。

本当はやりたいことがあるのに、気晴らしの時間を過ごしすぎていませんか?

作家・社会活動家のヘレン・ケラーさんは、ハンディキャップを背負いながら自身の孤独と向き合い乗り越えた人として有名。

今回の記事では、原文の解釈や科学的エビデンス、古典も合わせて自分らしく生きる方法を紹介していきます。

目次

【菜根譚前集1】原文と現代語訳

孤独.画像
AIを使用したイメージです

菜根譚の前集1節の原文こちら、

棲德者、寂寞一時。
依阿權勢者、凄涼萬古。
人觀物外之物、思身後之身。
受一時之寂寞、毋取萬古之凄涼

補足
寂寞(せきばく)」:一時の孤独や静けさは、実は自分を鍛える大切な時間でもある。
凄涼(せいりょう)」:終わりのない虚しい孤独

現代語訳で、いくつか解釈してみました。

  • 道徳を守る人は、たとえ一時的に孤独であっても、その選択は価値がある。しかし、権力や勢力に媚びへつらう人は、永遠に寂しい結末を迎える。
  • 本当に達観した人は、目の前のことだけでなく、自分がいなくなった後に残る価値を見つめている。
  • 一時の孤独や苦労を受け入れることは、未来に訪れる取り返しのつかない虚しさを避けるために欠かせない。

あなたの年齢や状況(立場)によって、響く文章は違うでしょう。

菜根譚はもちろん、古典の素晴らしさは考えを深めないと読み解けない所です。

孤独を負の解釈として捉えるのではなく、「自分らしく生きる」ための時間として考えたいですね。

【菜根譚前集1】苦しみも多いが克服する力もある

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「一時的な孤独を恐れると、永遠に孤独になる」という言葉は、困難や試練を乗り越えるために必要な忍耐力や勇気を示しています。

この言葉から、ヘレン・ケラーの人生が思い浮かびます。

沈黙と暗闇の中から、光と希望を掴んだ女性」という名に相応しい、生涯を送りました。

幼少期に病気で視覚・聴覚を失い、コミュニケーション手段を持たない苦しい状況にありました。

困難への挑戦: サリバン先生と共に猛勉強し、大学進学や執筆活動に挑戦しました。

結果: 障害を乗り越え、多くの人に希望と勇気を与える存在に。

教訓: 目の前の困難を受け入れ、努力し続けることで人生の意義を深められる。

ヘレン・ケラーからは、多くの事が学べますね。

【菜根譚前集1】人間の幸福の3分の2は孤独にある

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孤独と幸福について考えぬいた哲学者がアルトゥル・ショーペンハウアー。

1788年のドイツで生まれた哲学者のアルトゥル・ショーペンハウアーは、孤独についてかなり徹底した解釈をしています。

著作「幸福について」の中で、

「人間の幸福の3分の2は孤独にある」

と、語っています。

単に「物理的に一人でいること」ではなく、精神的に自立し、他人に依存しないことを指します。

普通の生活をしていると、物理的に一人でいることは難しいですよね。

家族、会社、友人といった群れの中に所属している人がほとんどでしょう。

その中でも、他人に評価されることに一喜一憂する生き方ではなく、自分の内面から充足を得られる生き方こそ幸福に直結するとショーペンハウアーは考えていました。

ショーペンハウアーの孤独についての思想はかなり、極端な解釈が含まれます。

孤独については古くは古代ギリシアから、多くの賢人たちが研究されてきている事実から生きる上で重要なカギとされてきのでしょう。

大半の人は一人ではなく会社、友人、家族、と関わっている時にも、孤独を味わう経験を持っている人も多いはず。

人との現実的な接触が少なくなったといえ、インターネットこそ見えない多くの人と関わっている事に他なりません。

つまり、孤独は誰もが感じるものだと考えると、孤独さえも一人ではないと感じませんか?

【菜根譚前集1】孤独を自分の意思で選んでいるかどうか

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孤独は科学的にも心身にプラスの効果があるとされています。

重要なのが、「孤独を自分の意思で選んでいるかどうか

孤独をポジティブに考える人は、単に耐えるだけでなく、日常的に孤独な時間を楽しみ、より満足している傾向が示されています。

Nature Communications に掲載されたミシガン大学社会調査研究所の論文(DOI: 10.1038/s41467-025-56764-3)では、

否定的な信念を持つ人は、日常生活で一人で過ごした後に孤独感が急激に増加するのに対し、肯定的な信念を持つ人は一人で過ごした後に孤独感が少なくなる

と、心身のあり方の重要性が調査結果から明らかになっています。

この研究では、メディア分析・実験・国際調査を組み合わせて「孤独の逆説」を検証。

研究のポイント

  • メディアの影響:米国の主要新聞144記事を調査すると、「孤独」や「ひとり時間」はほとんどがネガティブに描かれていました。
  • 実験での発見:参加者に「ひとりでいることのメリット」を読ませると、その後の孤独感が軽減。
  • 日常調査:2週間の体験記録から、「同じひとり時間でも考え方次第でポジティブにもネガティブにも変わる」ことが明らかに。
  • 文化を超えた普遍性:6大陸・9カ国の国際データでも同じ傾向が確認され、孤独感は文化を超えて「考え方」に左右されることが分かりました。

私たちは、日常的にネガティブな環境にさらされていることがわかりますね。

この状況、どうしたら良いのでしょうか?

【菜根譚前集1】孤独を再構築する

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先ほど、孤独についての考え方を変える方法が有効だとお伝えしました。

しかし、「そんなことは分かっている」という人が大半でしょう。

管理者も実践している孤独をポジティブな状況として捉えるポイントを科学的、古典からのらの観点でお伝えします。

SNSを見る頻度を制限する

インターネット、特にスマホの普及により安易にメディアへの接続が可能になりました。

朝起きると直ぐにスマホ、通勤時間のスマホ、昼休憩のスマホ、家に帰ってきてからスマホ。

暇があったらスマホ。

自分には関係ない情報(特に否定的)の過剰摂取により本当に大切なことに頭が使えていないのでしょうか。

スマホの利用は一見、情報と瞬時につながることができるので孤独回避につながっているように感じますが、逆に孤独の助長につながっています。

否定的な報道、嫉妬を生むキラキラした知り合いの投稿。

先ほどお伝えした、ミシガン大学社会調査研究所の論文(DOI: 10.1038/s41467-025-56764-3)では、

  • 否定的な考えの人は 孤独感が53%増加
  • 肯定的な考えの人は 孤独感が13%減少

しかも、もともと孤独を感じやすい人、社会的サポートが少ない人でも結果は変わりませんでした

ちなみに、管理者も実践していることですが、

朝起きてすぐにスマホに触らない

を、徹底しています。

スマホは近くや、ポケットに入っているだけで意識が向いてしまうので工夫が必要です。

スマホ.画像
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スマホを見ない方法として、「環境を変える」「習慣を変える」「意識を変える」の3つの方向があります。

【環境】

通知を切る:特にSNSやニュースアプリの通知をオフにすると、反射的にスマホを手に取る回数が激減します。

アプリを隠す/削除する:よく使ってしまうアプリをホーム画面から消す、あるいは一時的にアンインストールする。

スマホを手元から離す:作業中は机の引き出しや別の部屋に置く。物理的な距離を取ると自然と見なくなります。

【習慣】

スクリーンタイムやデジタル・ウェルビーイング機能を利用:一定時間を過ぎたらロックする設定にしておく。

使う時間を決める:「朝と夜の30分だけSNSを見る」とルール化する。

代替行動を用意する:スマホを見たくなったら本を開く、メモを書く、ストレッチするなど「手持ち無沙汰」を別の行動で埋める。

【意識】

「なぜ見てしまうのか」を把握する:暇つぶし?不安解消?承認欲求?原因を意識すると対策が見えます。

目的意識を持つ:ただ開くのではなく「◯◯を調べるために10分だけ」と明確な理由を持って使う。

「見ないことのメリット」を意識する:集中力が続く、睡眠の質が上がる、時間が増えるなどをリスト化するとやめやすい。

人間は意志の弱い生き物なので、

「環境を変える」>「習慣を変える」>「意識を変える」

の順で、試してみるのが効果的と考えられています。

サイの角ように孤高にゆけ

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仏教の開祖とされる、ブッタはのちに弟子たちがまとめた「スッタニパータ」で

「猶如犀牛角、独行無伴侶(サイの角のようにただ一人歩め)」

と、説いています。

動物サイの角のことですが、見事までに好戦的な形状を孤高の象徴と捉えたのでしょう。

仏教の教えの中心となるモノの一つは、執着を捨てること。

ブッタは無駄な人間関係や俗世の誘惑を捨て、苦しみを脱ぎ捨てる方法を自分を見つめる孤独だと説いています。

しかし、3人以上で修業をする「僧伽(サンガ=僧団)」の大切さも説いています。

2人だと関係が偏りやすいので、3人以上。(これ結構重要かもしれませね!)

人間は弱い生き物、ブッタも意思の力を信じていなかった。

3人以上で強制的に環境を整えることで、人間の弱さを和らげ修行に挑ませたかったのでしょう。

同じ志をもった専門的な学校で学ぶ仲間といった感じでしょうか。

その後、一般的なルートだと会社に就職していくことになりますが、能力のある人は独立します。

それが正に、自分を見つめるサイの角の状態を表す、自分を見つめる孤独なのかもしれませんね。

まとめ

短期的な成果に追われる日々が続いていませんか?今の忙しさの中でも、少しだけ立ち止まって考えてみてください。

目の前の〝楽な選択〟に流されるよりも、困難に向き合い、本当に必要なものを選び取る勇気が、あなたの未来を変えます。

今の努力は、やがて仕事も人生も充実させる大きな財産になります。

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